大阪地方裁判所 昭和35年(レ)354号・昭37年(レ)253号 判決
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〔事実と判断〕被控訴人は二輪自動車を運転して路上を進行中、控訴人会社の従業員が運転する二輪自動車と衝突し、被控訴人は右足関節捻挫の傷害をうけ、二輪自動車を破損した。被控訴人は本件事故は右控訴人会社従業員の過失によつて生じたものであるとして民法七一五条、自動車賠償責任保険法第三条により、右事故の結果被控訴人がこうむつた損害として治療費、得べかりし利益の喪失による損害、精神的苦痛に対する慰藉料として合計六万八一二〇円の損害賠償を請求した。控訴人は本件事故は専ら被控訴人の過失によるものであると争つたが、仮に控訴人に責任ありとするも被控訴人にも過失があると主張し、更に本件事故により控訴人もその所有の二輪自動車を破損したことによる修繕費など合計一万一〇二四円の損害をこうむつたから被控訴人に対し同額の損害賠償請求権を有すると主張し、右損害賠償請求権をもつて被控訴人の本件損害賠償請求権のうち物質的損害額と対当額において相殺すると主張した。
裁判所は本件事故の発生につき控訴人の責任を認めたが、被控訴人にも本件事故の発生について過失があるとして、控訴人の過失相殺の主張を採用し、控訴人の賠償すべき損害額を物質的損害額二万五〇〇〇円、精神的損害額一万円と定めた後、次のように判示して控訴人の相殺の主張を斥けた。曰く
「控訴人は本件事故によつて控訴人も損害を受けたが、本件事故の発生については被控訴人に過失があり、右損害は被控訴人の不法行為によつて生じたものであるから、控訴人は被控訴人に対し、右損害の賠償請求権を有しており、右請求権を以て被控訴人が本訴において主張する物質的損害の損害賠償請求権と相殺すると主張する。
そこで先ず控訴人にその主張のような損害賠償請求権があるかどうかについて検討する。本件事故の発生について訴外今岡、被控訴人の双方に過失があることは既に認定したとおりであるが、このように双方の過失によつて事故が発生し、その結果双方に損害を生じた場合、不法行為による損害賠償額の算定について、相手方の過失の有無、及びその程度のみを斟酌して賠償額を定め、相手方に生じた損害の額を考慮に入れないわがくにの不法行為法の下においては、相手方の過失が不法行為の原因と評価できないような軽微なものである場合を除き、双方の過失によつて事故が発生しその結果双方に損害を生じた場合には、互に相手方に対する関係で不法行為が成立し、互にそのこうむつた損害について、相手方に対し損害賠償請求権(勿論互いに相手方の過失を斟酌し過失相殺をなした)を有するものと解さざるを得ないのである。
そうであるとすれば、本件事故によつて控訴人も又損害をこうむつたのであれば、控訴人は被控訴人に対し損害賠償請求権を有するものというべきである。
そうすると控訴人が相殺を主張する自動債権を被控訴人の有する受動債権も共に不法行為によつて生じた債権であり、しかもそれが一個の衝突という同じ機会に生じたものであるが、このような場合相殺が許されるかどうかについて検討することにする。
民法第五〇九条は債務が不法行為によつて生じた場合には債務者は相殺を以て対抗することができないと規定している。この規定が不法行為によつて生じた債務について相殺を禁止しているのは、不法行為の被害者に現実の弁済を受けさせようとする立法趣旨によるものであることが明らかである。
ところでこの規定は本来的には相殺の受動債権のみが不法行為によつて生じた場合を予想するものであり、自動債権、受動債権の双方が不法行為によつて生じた場合にも同条がそのまま適用されるかどうかは必ずしも明らかではない。
しかし一般に双方の債権がともに不法行為によつて生じた場合においても、不法行為の被害者においても、不法行為の被害者に現実の弁済を得させる必要は必ずしもなくなるわけではないし(前述のように、その不法行為によつて生じたその損害について現実の弁済を得させようとするのが同条の立法趣旨であるから)、又このような場合に相殺を認めると不法行為による損害賠償債権を有する者が、その債権の回収が困難な場合に、その債務者に対して不法行為を行い、それによつて生じた不法行為による債務を自己の相手方に対して有する不法行為による債権と相殺するという形で、新な不法行為を誘発する危険すらなしとはしがたいのである。
以上のような事実から考え、双方の債務が不法行為によつて生じた場合にもなお民法五〇九条の適用を肯定すべきである。
ところで本件においては、双方の債務が双方の過失によつて生じた一個の自動車事故によつて双方に生じた損害の賠償債務である点において特色を有し、その結果このような場合に相殺を認めても前記のように新たな不法行為を誘発する危険は全く考えられないし、反面このような場合相殺を認めて一回の訴訟で紛争の一挙的解決を図ることが訴訟経済にも合し又当事者間の公平にも合することは多言を要しないところである。
しかしこのような場合でも不法行為の被害者に現実の弁済を得させる必要は必ずしもなくなるわけではない。(もつとも精神的苦痛による慰藉料、治療費、生命身体損害による得べかりし利益の喪失による損害、物損などそれぞれの損害に応じ現実の弁済を得させる必要に強弱はあるが最も現実の弁済を得させる必要が少いと考えられる物質的損害の場合でも現実弁済の必要がないわけではない。)
もとよりこのような場合被害者に現実の弁済を得させる必要の程度と紛争の一挙的解決による訴訟経済あるいは当事者間の公平の程度とを比較較量し一定範囲の損害について相殺を認めることは、特に陸上の交通機関による交通事故が続発し、双方の過失による交通事故により双方に損害が発生する事態が決して少くない現在においては望ましいものであることはいうまでもないところである。
しかし民法五〇九条の解釈としては、同条が前記のように不法行為の被害者に現実の弁済を得させるという立法趣旨に立つものであり本件のような場合についても損害の種類により強弱の差こそあれ現実の弁済を得させる必要が存し、当然一定範囲の損害については不法行為の被害者に現実の弁済を得させる必要がないとはいいきれないものであるから、本件のような場合においても同条の適用があり、相殺が禁止されるものと解さざるを得ず、前記のような考慮に基いて一定の場合に一定範囲の損害について相殺を認めるためには立法的な措置を必要とするものと考えざるを得ない。
そうすると控訴人の相殺の主張はその余の点について判断するまでもなく失当であり、その主張は採用できない。」